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26 February 2010,Friday

メダリストの影で・・・

久々の登場、管理部の倉沢です。

世界はバンクーバー冬季オリンピックで盛り上がっています。
皆さんも日本選手の活躍に一喜一憂していることと思います。

当社にも若干?関係する選手が出場しましたのでご紹介します。
当社のグループ会社では、レストランの「びっくりドンキー」を長野市と安曇野市でフランチャイズで運営しています。今回のオリンピックの男子スピードスケート500mに、びっくりドンキー所属の及川佑選手が出場しました。

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私も数年前、ドンキー事業部の社員と長野市のエムウェーブに彼を応援に行ったことがあります。正直そのときは彼のことは知らず、清水宏保選手や岡崎朋美選手見たさだったかもしれません・・・

《以下はウィキペディアより抜粋》
大学在学中の就職活動において、スケート部を持つ企業からは選手待遇での誘いがなく、このまま無ければ大学でスケートを引退する予定だった。
しかし就職活動中、びっくりドンキーの一般社員としての役員面接の際、「トリノオリンピックに出場します」と想いを述べ、元体操選手だった庄司昭夫社長にその意気込みを買われ入社。大学卒業後も競技生活を続行している。

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↑私もイチオシの、びっくりドンキー人気メニュー「エッグバーグディッシュ」 旨い!!

入社以来、監督もコーチもマネージャーもおらず、練習場や移動手段の手配から日常のスケジュール管理までを入社当時から現在まで全て1人で行っていたが、所属会社がトレーニングコーチを雇ったことを自身のブログで明らかにした。

入社後の国内外での大会において成績がどんどん上昇し、2005年12月下旬に自身初のオリンピック出場権であるトリノオリンピックスピードスケート・男子500m出場権を獲得した。
トリノオリンピックスピードスケートの男子500mに出場し、開催前からメダル候補として注目を浴びていた清水宏保や加藤条治を押さえて、一時は暫定1位になったが、後から出場した外国人選手らに記録を更新されてしまい惜しくもメダルは逃した。
しかし、日本人選手の中で最高の4位入賞と健闘した。

及川はそれまで、北海道内のマスコミやNHKと一部の全国TVキー局と系列BSデジタル放送、一部全国紙などの一部の報道機関からしか注目されていなかったが、このトリノオリンピックでの健闘と入賞を機にマスコミ各社から一気に注目された。入賞後のスポーツ新聞各紙では会社名を使用した“ダジャレ”タイトルが出来る程大きく飾り、同時に会社のイメージアップにも大きく貢献した。
2007年のW杯男子500メートルにおいて、34秒42の自己ベストで優勝を果たした。 2009年のソルトレークシティーでのW杯500メートルで2位に入り加藤条治の持っていた日本記録を更新した(0秒03更新、34秒27)

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及川選手、実は男子500mの日本記録保持者です。スタートから100mまでのタイムは世界トップレベルなんだそうです。

今回のオリンピックでは、長島圭一郎選手が銀メダル、加藤条治選手が銅メダルと大健闘し及川選手は13位でしたが、彼の「ひたむき」なスケート人生に賛辞を贈りたいと思います。

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↑29歳。まだ次のオリンピックも充分狙えると思います!!ガンバ!

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